エピジェネティクスとは何か?ヒストン修飾とDNAメチル化による遺伝子発現調節機構について詳しく解説!

エピジェネティクス

はじめに

ヒトゲノムは30億塩基対もの大きさがあり、かなり凝縮して核内に収納されています。この時、染色体は無秩序に核内に詰め込まれている訳ではなく、ヒストンというタンパク質に巻きついて収納されています。ここで重要なことは、ヒストンはDNAを巻き取って核内に収納しておくだけでなく、DNAの凝縮度をダイナミックに変化させ、遺伝子の発現に大きな影響を及ぼすということです。また、ヒストンだけでなく、DNAのメチル化も遺伝子発現に大きな影響を及ぼします。

ヒストン修飾とDNAのメチル化によるクロマチンの凝縮度の変化、及びクロマチンの凝縮度の変化に伴う遺伝子発現調節をエピジェネティクスと言いいます。

エピジェネティクスの面白いところは、エピジェネティックな情報(=ヒストンの修飾情報、DNAのメチル化情報)は細胞分裂後も娘細胞に安定して受け継がれ得るというところです。

エピジェネティクスは多義性のある用語のため少しわかりずらいかとは思いますが、基本的な生命現象であり、疾患や老化と深く関わっています。重要で面白い学問領域なので、楽しく学んで行きましょう!

今回もできるだけ分かりやすく、そして詳しく解説していきます!

※以下の記事と合わせて読むことで理解がかなり深まります。ぜひご覧ください!

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ヒストンとは何か?

ヒストンにはDNAが左巻きに約1.7回(=DNA約150塩基対分)巻き付いており(図1)、DNAとヒストンの複合体をクロマチンと呼びます。詳しくは後述しますが、ヒストンは様々な化学修飾をうけることで、クロマチンの凝縮度を変化させ、ひいては遺伝子発現に大きな影響を及ぼします。

このようなクロマチン構造の変化による遺伝子発現調節機構をエピジェネティクスと言います。また、DNAの全塩基配列情報をゲノムと言いますが、ゲノム情報とエピジェネティックな情報を合わせたものをエピゲノムと言います。

ヒストンタンパクはDNAとほぼ同量含まれており、マウスと植物のように系統がかけ離れていても、ヒストンのアミノ酸配列は酷似しています。このことから、ヒストンは生命にとって非常に重要なタンパク質であることがわかります。

ヒストンは塩基性アミノ酸であるリシン(Lys, K)とアルギニン(Arg, R)を多く含み、正に荷電しています。一方でDNAの糖-リン酸骨格のリン酸基は生理的な条件(=中性条件)では負に荷電しており、DNAはヒストンと堅く結合しています(図1)。

※どのアミノ酸が酸性、塩基性、非電荷であったか確認したい方は、以下の記事でアミノ酸のコドン表をまとめていますので参照ください。

※DNAが負電荷を帯びている原理は以下の記事で解説しています。

ヒストンの化学修飾と遺伝子発現調節

続いてヒストン修飾について詳しく見ていきましょう。

ヒストンは8個のヒストンタンパク(H2A、H2B、H3、H4それぞれ2分子ずつ)からなる八量体で、各ヒストンタンパクからはN末端が尻尾のようにヒストンコアから突出しています(図2)。

この尻尾のような構造体をヒストンテールと言い、ヒストンテールはアセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化など、様々な翻訳後修飾を受けます。これらのヒストンテールの化学修飾がクロマチン構造を変化させ、遺伝子発現に関与します。この中でも特に遺伝子発現制御に重要なのはアセチル化とメチル化です(図3)。また、4種のヒストンタンパクのうち、ヒストンH3及びH4が遺伝子発現制御に重要です。図3はヒストンH3が受ける代表的なヒストン修飾を図示しています。

次項はヒストンのこのアセチル化とメチル化について詳しく見ていきます。

※ Me1、Me2、Me3、Acはそれぞれモノメチル化、ジメチル化、トリメチル化、アセチル化を表しています。

※ タンパク質はN末端のアミノ酸から1番目、2番目、3番目…というように数えます。ヒストンタンパクはヒストンテールの端がN末端なので、上図のように番号を記載しています。

ヒストンのアセチル化

アセチル化はヒストンテールのリシン(Lys, K)で起こります。リシンのアセチル化はヒストンアセチル基転移酵素(histone acetyltransferase; HAT)が触媒し、脱アセチル化はヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase; HDAC)が触媒します(図4)。リシンがアセチル化を受けると正電荷が減少し、DNAとヒストンの電気的な相互作用が弱まってクロマチン構造が緩みます(図4)。クロマチン構造が緩むとRNAポリメラーゼなどの転写に必要な因子が結合しやすくなり、転写が活性化します。また、アセチル化ヒストン自身も転写活性化に必要な因子をリクルートする目印となり、転写を活性化します。

エピジェネティクスの研究ではHDAC阻害剤がよく使われているのですが、HDAC阻害剤はヒストンの脱アセチル化を阻害する(=ヒストンのアセチル化が増加する)ので、転写を活性化します。

ヒストンのアセチル化=転写活性化ですね!

ヒストンのメチル化

メチル化はヒストンテールのリシン(Lys, K)あるいはアルギニン(Arg, R)で起こります。メチル化はヒストンメチル化酵素(histone methyltransferase; HMT)によりモノメチル化、ジメチル化、またはトリメチル化を受け、脱メチル化はヒストン脱メチル化酵素が触媒します(図4)。

ヒストンのメチル化はかなり複雑に制御されており、修飾されるアミノ酸残基の種類やメチル化部位によって転写活性化あるいは抑制されます(図3, 表1)。表1は図3に図示した代表的なヒストン修飾を表にまとめたものですが、アセチル化は全て転写活性になっていますが、メチル化は転写の活性化と抑制の両方の場合があることがわかります。

「H3K4me1」であれば、「ヒストンH3タンパクのN末端から4番目のリシン(K)に、メチル基が1つ付加されている」という修飾を意味しています。「H3K27Ac」であれば、「ヒストンH3タンパクのN末端から27番目のリシン(K)に、アセチル基が1つ付加されている」という修飾を意味しています。

ヒストン及びDNAの修飾状態を調べると、通常は転写活性型または抑制型のどちらかが観察さます。しかし、ES細胞には遺伝子のプロモーター領域に H3K27me3(転写抑制)とH3K4me3(転写活性化)が共存する領域があります。このような領域をbivalent(バイバレント)ドメインといい、通常は転写抑制状態にありますが、分化シグナルに反応して迅速に転写を活性化することができます。

DNAのメチル化

エピジェネティックな遺伝子発現調節において、ヒストンのアセチル化及びメチル化に並んで重要な修飾がもう一つあります。それがDNAのシトシンのメチル化です(図5)。シトシンがメチル化を受けると、転写因子が物理的に結合できなくなるだけでなく、転写抑制機能を持ったタンパク質がリクルートされ、転写を抑制します。

DNAのメチル化はDNAメチル基転移酵素(DNA methyltransferase; DNMT)が触媒し、脱メチル化は受動的脱メチル化または能動的脱メチル化と呼ばれるステップを経ます。受動的脱メチル化は、DNMTを発現していない細胞で起こります。DNMTを発現していない細胞は新たに合成されたDNA鎖にメチル化を行えないため、メチル化シトシンの量が減ります。したがってDNMTが発現していない細胞では、メチル化シトシンが細胞分裂のたびに少なくなっていきます。これが受動的脱メチル化です。

能動的脱メチル化はTETと呼ばれる酵素がメチル化シトシンを酸化することから始まります。その後、他の酵素によって元のシトシンに戻ります。

2本鎖DNAの両鎖ともメチル化を受けていない場合、新規メチル化酵素と呼ばれるDnmt3aおよびDnmt3bがメチル化を行います。

2本鎖DNAのうち片方のDNA鎖だけがメチル化を受けている(=ヘミメチル化DNA)場合、維持メチル化酵素と呼ばれるDnmt1がメチル化を受けていないDNA鎖にメチル化を行います。

CとGに富んだ塩基配列をCpG配列と言います。CpG配列 のpはリン酸を表しています。DNAに含まれているヌクレオチドはリン酸基を介してつながっているからです。ヒトゲノムのプロモーター領域の約70%がCpG配列を含むとされているのですが、CpG配列は通常メチル化されておらず、転写活性化状態になっています。

まとめ

  • ヒストン修飾とDNAメチル化によって起こるクロマチン構造の変化、それに伴う遺伝発現の変化をエピジェネティクスという
  • エピジェネティックな遺伝子発現調節には、ヒストンのアセチル化とメチル化、DNAのメチル化が重要
  • ヒストンのアセチル化は転写活性に働く
  • ヒストンのメチル化は転写活性に働く場合もあれば、転写抑制に働く場合もある
  • DNAのシトシンのメチル化は転写抑制に働く

今回はエピジェネティクスについて解説しました。DNAの複製はかなり正確で、1010塩基対につき1回しか間違いを起こしません。一方でDNAのメチル化は、複製の際にもっと高頻度で誤りが生じます。したがって、加齢に伴いエピジェネティックな変化が次第に蓄積していきます。近年、このエピゲノムの変化の蓄積が異常な遺伝子発現を誘発し、それが老化と深く結びついているのではないかと考えられています。

将来、エピジェネティクスを自在に制御する事で老化を抑制する薬が開発されるかも知れませんね。とても興味深い話ですよね!

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