はじめに
RNAの転写調節は細胞の運命決定に関わる非常に重要なものです。転写される遺伝子群が変化すれば細胞の種類が変化してしまうほどです。2012年のノーベル医学生理学賞で有名なiPS細胞もRNAの転写を人工的に変化させることで作製されます。
したがって、RNAの転写は個々の遺伝子ごとに厳密に制御する必要があり、その仕組みは非常に重要です。今回も楽しく学んでいきましょう!
【難易度】★★☆☆☆
【重要度】★★★★★
※RNAの構造、機能について解説した記事もあわせてご覧ください。
mRNAの転写の転写機構
遺伝子から転写されるRNAをmRNAと言い、mRNAからはタンパク質が合成されます。本項では特にmRNAの転写機構について詳しく解説していきます。
転写の開始
RNAの転写機構はDNAの複製機構とよく似ているので、まずDNA複製の始まりについて少しだけ復習します。
DNA複製の場合は、複製起点と呼ばれるゲノムの特定の領域にDNAポリメラーゼなどのタンパク質が集合し、DNA合成を開始します。複製起点のDNA塩基配列はある程度特徴はありますが、決まった塩基配列はありません。
RNAの転写の場合は、プロモーターと呼ばれるDNA上の特定の領域にRNAの合成を行うRNAポリメラーゼなどのタンパク質が集合し、RNA合成を開始します。プロモーターの塩基配列も決まった配列があるわけではありませんが、プロモーター特有の特徴的な塩基配列をしていることがわかっています。例えば、TATAボックスと呼ばれるTATA配列のプロモーターが有名です。
プロモーターは転写に必要なタンパク質が集合するDNA領域で、遺伝子の数十塩基上流に位置しています。 一つ注意点なのですが、プロモーターはあくまでタンパク質が集合するDNA領域であり、RNAに転写されません。
真核生物のRNAポリメラーゼはRNAポリメラーゼⅠ、Ⅱ、Ⅲの3種類あり、タンパク質をコードする遺伝子や一部の非翻訳RNAはRNAポリメラーゼⅡによって転写されます。rRNAなどの他の一部の非翻訳RNAはRNAポリメラーゼⅠまたはⅢによって転写されます。
プロモーターに集合したRNAポリメラーゼを含むタンパク質複合体は、DNAの二重らせんをほどきながら5’→3’方向へリボヌクレオチドを付加してRNAを合成していきます。RNAポリメラーゼのすぐ後方のDNAは再び二重らせん構造を形成します。遺伝子の転写終了を合図するターミネーターと呼ばれる塩基配列にRNAポリメラーゼが到達すると、タンパク質複合体はDNAから離れて転写が完了します。そして、プロモーターに再びタンパク複合体が形成されると、遺伝子の転写が開始されます。
また、RNAの転写は細胞の核内で起こり、その後細胞質へ輸送されます。
以上から、DNA複製とRNA転写の共通点をお分かりいただけたと思います。
※DNAの複製機構の解説を以下の記事です。ぜひご覧ください。
転写の調節機構
前項では転写の開始機構について、DNA複製と対比しながら簡単に説明してきました。細胞の運命決定において、遺伝子の転写のタイミングや量の調節は非常に重要であり、厳密に調整されています。ここでは、遺伝子の転写がどのように制御されているかもっと詳しく見ていきましょう。
先ほども少し触れましたが、RNAの転写にはRNAポリメラーゼ以外にも複数のタンパク質が必要です(図3)。これらのタンパク質は転写因子と呼ばれます。転写因子はプロモーターやRNAポリメラーゼ、他の転写因子に結合し、転写のON-OFFを調節します。図3のように遺伝子から離れた位置のDNAに転写因子が結合し、ループ構造を作ってRNAポリメラーゼを含むタンパク複合体に働きかけることもあります。このときの転写因子が転写を促進させるような性質を持っていた場合、この転写因子が結合するDNA領域をエンハンサーと言います。
これらの転写因子による「転写調節」は、転写を活性化するものもあれば、抑制するものもあります。細胞はこれらの転写因子を個々の遺伝子ごとに適切に組み合わせて、適切なタイミングで、適切な量のタンパク質を作っています。
また、もう一つ転写調節の機能で重要なのが、染色体の構造です。ヒトの染色体は高度に凝縮した状態となっている場合があり、このような凝縮されたDNAをRNAポリメラーゼが通過するのは至難の業です。そのため、転写因子が染色体の凝集度を緩和させて転写を活性化したり、逆にDNAを凝縮させて転写を抑制したりします。
転写の方向
RNAの転写では、DNAの二本鎖のうちどっちのDNA鎖をどの向きに読み取ってRNAを合成していくのでしょうか?
まず、プロモーターの配列は左右対称ではないので、RNAポリメラーゼの結合の仕方に方向性があります。つまり転写の方向は、プロモーターの向きで決まります。また、DNAポリメラーゼと同様にRNAポリメラーゼも5’→3’にしか進めないので、転写は図4中の二つの方向のどちらかに進んでいきます。図4左の下側のRNA合成の鋳型鎖となっているDNA鎖をアンチセンス鎖、上側のDNA鎖をセンス鎖と言います。センス鎖はTがUに変わっていること以外、RNAとDNAの塩基配列は同じです。同様に、図4右の上側のRNA合成の鋳型鎖となっているDNA鎖をアンチセンス鎖、下側のDNA鎖をセンス鎖と言います。
遺伝子がどちらのDNA鎖に書かれているかは遺伝子ごとに異なっています。そのため、同じDNA鎖上でも、センス鎖とアンチセンス鎖のどちらも存在しているというわけです。
iPS細胞と転写因子
先ほどRNAの転写調節は細胞の運命決定に重要と述べました。ここではiPS細胞を例に転写因子による転写調節の重要性について迫っていきましょう。
主に細胞の種類は、どんな種類のタンパク質がどれだけの量、いつ作られているかによって決まっています。このタンパク質の発現制御に関わるものが転写因子でしたね。すなわち、転写因子が変化すれば、タンパク質の発現も変化し、細胞の性質や種類までもが変わってしまいます。有名な例が、皮膚や血液の細胞などにOct4、Klf4、c-Myc、Sox2のたった4つの転写因子を人工的に導入することで作製されるiPS細胞です。皮膚や血液の細胞は、これらの転写因子の導入により、これまでの遺伝子発現プロファイルががらっと変わり、受精卵のように再び色々な細胞に分化できる特徴を持った細胞(= iPS細胞)に変化します(図5)。このように細胞種を変えてしまうような遺伝子発現の変化をもたらす転写因子をマスター転写因子と言います。
他にも制御性T細胞(リンパ球の一種)を誘導するFoxp3や、筋細胞を誘導するMyoDと呼ばれる転写因子が有名です。
まとめ
- RNAの転写はRNAポリメラーゼが行う。
- DNAポリメラーゼと同様にRNAポリメラーゼも5’→3’に進む。
- RNAの転写は細胞の核内で起こり、その後細胞質へ輸送される。
- RNAの転写には、転写を活性化または抑制する働きがある転写因子が必要で、個々の遺伝子は転写因子の適切な組み合わせによって調節されている。
- 転写時に鋳型として使われるDNA鎖をアンチセンス鎖、反対のRNAと塩基配列がほぼ同じになるDNA鎖をセンス鎖という。
- マスター転写因子はそれ単独、あるいはその組み合わせで細胞の種類を変えてしまう。