なぜDNAポリメラーゼは5’から3’へしか進めないのか?DNAの複製機構を詳しく解説!

遺伝学

はじめに

今回のテーマはDNA複製です。

DNA複製時のミスは進化生物学的な視点で見ると必要です。なぜなら、DNA複製時のミスは個体間の多様性を生み出し、同じ種の生命体が一気に絶滅する確率を低くするからです。 DNA複製ミスが起こらないと同じような個体が増え、環境が変わった時に一気に全滅する確率が高まります。

このように、進化の観点から見たDNA変異は生物が今後も地球で生存していくためにとても重要です。しかし、人の一生のような短期的な視点で見ると、DNA変異はがんや自己免疫疾患など、様々な病気の原因となりうるとても有害なものです。ですので、DNA複製システムはできるだけミスをしないような仕組みに進化してきました。

今回の記事は、パンデミックを起こした新型コロナウイルスのニュースでよく聞く、PCR検査の原理を知るためにも必須の知識です。

今回は少し難しいかとは思いますが、ぜひ図をじっくり見ながら最後まで読んでいってください。教科書を読んだだけでは分からない、本質的な理解に繋がると思います!

この記事のレベル

【難易度】★★★★☆

【重要度】★★★★★

※難しいと感じられた方は、以下のDNAの構造について解説した記事を読んでから本記事をお読みください。

生命のセントラルドグマ

細胞が分裂するとき、生命の設計図であるDNAはコピーされ、2個の娘細胞に均等に分配されます。そして元の細胞と全く同じ染色体セットを持った2個の娘細胞が作られます。細胞分裂の際に、DNAがコピーされることを複製と言います。

また、体の主な構成成分であるタンパク質を作るとき、まずDNAからRNAに遺伝情報が伝えられ、そのRNAをもとにタンパク質が作られます(図1)。このDNAの複製、DNAからRNA、RNAからタンパク質という遺伝情報の流れのことをセントラルドグマと言います。

今回はこのセントラルドグマの中のDNA複製、特にDNAポリメラーゼについて解説していきます。

DNAの複製機構

DNA複製の開始

それでは DNAの複製について見ていきましょう。

DNAの複製は複製起点と呼ばれる領域から始まります。ヒトゲノム中には数十万個の複製起点が存在しており、一つの複製起点から左右に2つの複製フォークと呼ばれる構造が構築され、二本鎖DNAを進んでいきます(図2)。複数箇所でDNA複製を開始することで、30億塩基対もある私たちのゲノムは効率よく複製されていきます。

複製起点には、複製起点を認識するタンパク複合体や、二本鎖DNAを解くDNAヘリカーゼ、DNA合成を行うDNAポリメラーゼなど、複製に必要なタンパクが多数集合し、DNA合成を開始します。複製起点は、AとTの塩基対が多い、ゲノムの凝集度が低い、などの特徴はありますが、ヒトの複製開始の詳細な仕組みについてはまだよくわかっていません。

DNAの複製

DNAは2本の長いDNA鎖が平行に並んでおり、2つの鎖は水素結合により結合しています。DNAが複製される時は、二本鎖DNAは解かれて一本鎖になります。そして2個ある一本鎖DNAを鋳型にして、新しいDNA鎖がそれぞれ作られていきます(図3)。塩基対は必ずAはT、GはCと水素結合を形成するので、鋳型鎖の塩基の種類によってポリメラーゼに新しく取り込まれるヌクレオチドの種類(A or G or T or C)が決まります。このAとT、GとCで結合する関係を相補性と言います。

この複製時に現れるY字型の構造を複製フォークと呼びます。複製フォークではDNAの伸長反応を行うDNAポリメラーゼやDNAの二本鎖を解くDNAヘリカーゼなどの酵素が集合し、大きなタンパク複合体を形成しています。紙面の都合上、図3中ではDNAポリメラーゼ同士が少し離れた位置に描かれていますが、本来は二本鎖DNAが解かれている位置にタンパク複合体は集合しており、DNA鎖を解きながら新しいDNA鎖を合成していきます。

図3からもわかるように、新しいDNA鎖は、新しいDNA鎖と古いDNA鎖から成っています。半分新しくて、半分古いものを使っているので、DNAの複製は半保存的と言います。古いDNA鎖を鋳型として新しいDNA鎖が合成されるので、古いDNA鎖は鋳型鎖と呼ばれます。

次項からはDNAポリメラーゼの重要な特徴について解説していきます。複雑なので、じっくりと読み進めてください。

DNAポリメラーゼはDNA合成を開始できない

DNAポリメラーゼは必ず5’から3’方向にデオキシリボヌクレオチド三リン酸を付加して新しいDNA鎖を合成していくのですが、DNAの3’末端のヌクレオチドの-OHにしか新しいヌクレオチドを付加することしかできません。 つまり、一本鎖DNAとDNAポリメラーゼだけでは、二本鎖DNAの合成を開始することができません(図4左)。

ではどうやって、DNA合成を開始するのでしょうか?実はDNA合成開始には、DNAプライマーゼという酵素が必要なんです。DNAプライマーゼは3’-OH末端がなくても、一本鎖DNAにヌクレオチドを付加することができて、DNAポリメラーゼがDNA合成を始めることができる「きっかけ」を作ってくれます(図4右)。このDNA合成の「きっかけ」となる短いヌクレオチド鎖はプライマーと呼ばれます。このきっかけとなるプライマーはDNAではなく、DNAとよく似たRNAが使われます。

DNAプライマーゼは一本鎖DNAを鋳型に約10塩基ほどの短いRNAプライマーを合成します。RNAの末端にはDNAと同様に3’-OH基があるので、プライマーが作られた後、DNAポリメラーゼが続きのDNA合成を行います(図4右)。後でRNAは分解されて、修復DNAポリメラーゼによってDNAに置き換わります。

では一体なぜ、DNAポリメラーゼはDNAプライマーゼのように一から二本鎖DNAを合成できるようにならなかったのでしょうか?なぜ一度RNAを使って二本鎖を完成させ、後でDNAに置き換えるという回りくどいシステムをとっているのでしょうか?

その理由はDNAポリメラーゼの正確性にあります。DNAポリメラーゼは極めて正確な校正機能を持つ代わりに、一から二本鎖DNAを作ることができないのです。逆に、DNAプライマーゼは一から二本鎖(RNAとDNAのハイブリッド二本鎖)を合成できる代わりに正確性が乏しいです。

次項からDNAポリメラーゼの正確性についてさらに詳しく解説していきます。

プライマーはDNAの合成開始に必須のものであり、現在の実験でも頻用します。例えば、新型コロナウイルスの感染を判断するPCR検査ですが、あれはウイルスの核酸を人工的に増幅してウイルスの有無を検出しています。核酸の合成をしているということは、、、そうです、プライマーが必須ですよね。ちなみに、新型コロナウイルスのゲノムは解読されているので、プライマーはウイルスの核酸に結合するように科学者が設計・人工合成したものを使います。

DNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ活性

DNAポリメラーゼは進化の過程でDNAポリメラーゼは極めて正確性の高い装置になっていきました。万が一誤った塩基を付加してしまった場合、DNAポリメラーゼは新しくヌクレオチドが付加できず、すぐにその誤った塩基を取り除きます。これはDNAを合成するときとは逆向き方向(3’→5’方向に塩基を取り除いている)の反応なので、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性と呼びます。エキソヌクレアーゼ活性とは、ヌクレオチドをDNA鎖の末端から除去するという意味です。このように、DNAポリメラーゼには3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が備わっており、直前の塩基対が正しく形成されているかどうかチェックしてからDNA合成を始めるため、一から二本鎖DNAを作ることができないのです。

DNAプライマーゼは3’→5’エキソヌクレアーゼ活性がないので、一から二本鎖を合成することができるのですね。

DNAポリメラーゼが5’→3’方向へしかDNAを合成しない理由

DNAポリメラーゼは必ず5’から3’方向にデオキシリボヌクレオチド三リン酸を付加して新しいDNA鎖を合成していきます。3’から5’方向にヌクレオチドを付加していくことはできません。

これはどうしてでしょうか?3’→5’に進むDNAポリメラーゼがあってもいいのでは、と思う方も多いと思います。

DNAが5’→3’方向に伸長される時、DNA合成に必要なエネルギーは遊離したデオキシリボヌクレオチド三リン酸に蓄えられた高エネルギーリン酸結合から供給されます(図5)。もしDNAが3’→5’方向に伸長される場合、DNA合成に必要な高エネルギーリン酸結合は鋳型鎖に結合したヌクレオチドが持っています(図6上)。間違った塩基が付加され、これが5’→3’エキソヌクレアーゼ活性によって取り除かれたとき、DNA合成に必要な高エネルギーリン酸結合が新生鎖の末端からなくなってしまいます(図6下)。これでは次のヌクレオチドを付加することができません。つまり、3’→5’方向にヌクレオチドを付加できるDNAポリメラーゼは、エキソヌクレアーゼ活性によってDNA合成が停止してしまいます。したがって、DNAポリメラーゼが5’→3’方向へしかDNAを合成しない理由は、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を保持してDNA合成の正確性を維持するためだと考えられています。

DNAポリメラーゼの変異率は10,000,000(107)塩基対につき1塩基です。実際には、細胞には誤った塩基対を修正する別の機構が備わっているので、変異率は10,000,000,000(1010)塩基対につき1塩基になります。とてつもない正確性ですね。

※DNAポリメラーゼが5’から3’へしかDNAを合成できないことで、図3下側のDNA鎖では岡崎フラグメントを用いてDNA合成を行う必要があります。岡崎フラグメントについては以下の解説記事をご覧ください。

まとめ

  • DNA複製はゲノム上に複数ある複製起点から始まる。
  • DNAポリメラーゼは5’から3’方向にしかDNAを合成できない
  • DNAポリメラーゼはDNA合成を開始できない。合成開始はDNAプライマーゼが行う。
  • DNAプライマーゼが合成したプライマーRNAは後に分解され、DNAに置き換わる。
  • DNAポリメラーゼは3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を持ち、誤った塩基対を修正する。
  • DNAポリメラーゼが5’から3’方向にしかDNAを合成を行わないのは、DNA合成の正確性を維持するため。

最後まで読んでいただきありがとうございました。今回は内容が複雑でしたね。。お疲れ様でした。何度か読むと、だんだん理解が深まっていくと思います。

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