PCR法の原理をわかりやすく解説!

解析手法

はじめに

今回はPCRの原理について解説していきます。ライフサイエンスを学ぶ人だけでなく、パンデミックを生きるすべての人にとって重要な知識です!ぜひ最後まで読んで、理解していただけたら幸いです!

PCRは新型コロナウイルスの感染の有無を検査する手法として、とても有名になりました。しかし、 PCRは新型コロナウイルスなどの感染症の検査に使われるだけではありません。PCR技術は他にも様々な応用方法があり、分子生物学実験、遺伝子診断、法医学などの領域で使用されています。生物系の大学生ならば、学部生の時から学生実験で頻用します。それほど分子生物学にとってなくてはならない技術なのです。また、DNAの塩基配列の決定やRNA-seqなど、次世代の網羅的遺伝子発現解析技術を理解するためにも必須の知識です。「PCR=新型コロナウイルスの検査」と早合点せず、PCRの応用の一つに感染症の検査があることを留意してください!!

この記事のレベル

【難易度】★★☆☆☆

【重要度】★★★★★

前知識のおさらい

DNAは2本の一本鎖DNAが平行に並んでおり、2つの鎖は水素結合により結合しています(図1)。DNAの複製時は、二本鎖DNAが解かれて一本鎖になります。そして2個ある一本鎖DNAを鋳型にして、新しいDNA鎖がそれぞれ作られていきます(図1)。塩基対は必ずAはT、GはCと水素結合を形成するので、鋳型鎖の塩基の種類によってポリメラーゼに新しく取り込まれるヌクレオチドの種類(A or G or T or C)が決まります。このAとT、GとCで結合する関係を相補性と言います。

DNA合成の行うDNAポリメラーゼと言いますが、DNAポリメラーゼは必ずDNAの3’末端に新しいデオキシリボヌクレオチド三リン酸を付加してDNA鎖を合成していきます(図1)。つまり、一本鎖DNAには5’→3’という方向性があります。また、DNAポリメラーゼは3’末端がないと新しいDNA鎖を合成できないので、DNAの合成開始にはプライマーと呼ばれる短いRNAが必須です(図2)。

※上述の内容の詳しい解説は以下の記事で行っています。

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PCR法の原理

詳しくは後述しますが、PCRとは任意のDNA領域を、短時間かつ試験管内で数100万倍以上に増幅させる技術のことを言います。 PCRはpolymerase chain reactionの略で、3ステップで構成されています。それでは早速それぞれのステップついて詳しく見ていきましょう。

 変性

まず最初のステップは変性です。核酸に対して「変性」という言葉が使われるとき、二本鎖DNAの塩基対の水素結合が切断され、一本鎖DNAに分離することを意味します(図3⓪→①)。DNAを94℃で加熱すると、DNAの水素結合のみが切断されて変性します。そして、温度を下げると再び相補的な塩基対を形成し、二重らせんを再形成します。

AはTと2本の水素結合で、GはCと3本の水素結合で結合しているので、GCに富む配列を一本鎖DNAに分離するには、より高いエネルギー(=熱)を加える必要があります。

ヒトの細胞内ではDNAヘリカーゼという酵素が二本鎖DNAを一本鎖DNAに分離します(図1)。人工的に二本鎖DNAを分離しようと思ったら、水の沸点近くまで加熱する(=エネルギーを加える)必要があることから、体温(37℃)でそれをやってのけるDNAヘリカーゼの凄さがわかりますね!!

※紙面の都合上、プライマーをかなり短くして描いていることに注意。

アニーリング

次のステップはアニーリングです。「アニーリング」とはDNAの増幅させたい領域を挟み込むように設計した短いヌクレオチド(=プライマー)が、一本鎖DNA中の相補的な配列に結合することを言います(図3①→②)。「変性」ステップで94℃に加熱した一本鎖DNA溶液を55℃程度に温度を下げることで、プライマーがDNAにアニーリングします。

プライマーが鋳型DNA配列と50%の割合で2本鎖を形成する温度のことをTm値(melting temperature、融解温度)と言いますが、アニーリング温度はTm値よりも5℃程度低い55℃付近の温度が用いられます。

DNAの複製時に使われるプライマーはRNAでできていました。一方で、PCRを行うときはDNAでできたプライマーを使います。その理由は、RNAは分解されやすく、扱いが大変だからです。

図3②では、プライマーと①で分離したDNA鎖との結合のみを図示しています。ここまでよく理解している読者の方であれば、「温度を下げたら図3⓪の状態に戻ることもあるのではないか?」と疑問に思った方がいると思います。

これはとても良い疑問ですね!

原理的には図3①から図3⓪の状態に戻る可能性はあります。しかし、その確率は非常に小さいです。プライマーが約20塩基程度とかなり短いのに対して、鋳型となるDNA鎖は非常に長いからです。したがって、鋳型鎖同士が再結合する確率よりも、プライマーと鋳型鎖が結合する確率が圧倒的に高くなります。また、PCRでは鋳型DNAに対して過剰量のプライマーを添加するのですが、これもプライマーと鋳型鎖の結合確率を高めています。

伸長反応

図3②にDNAポリメラーゼとdNTPs(デオキシヌクレオシド三リン酸)を加えて、DNA溶液の温度を72℃にすると、DNAポリメラーゼがDNA合成を始めます。DNAの合成が終わったら、再度温度の上げ下げを行い、「変性→アニーリング→伸長反応」を繰り返します(図4)。この温度の上げ下げを行う実験機器をサーマルサイクラーと呼ぶのですが、図4のように温度、時間、サイクル数を設定します。このときのPCR条件(温度、時間、サイクル数、反応液量、反応液の組成など)は用いるDNAポリメラーゼの種類、プライマーの長さ、増幅したいDNA領域の長さ等に合わせて実験ごとに微調整します。図4ではよく使われる温度を表記しています。

PCRのステップ①の熱変性では、100℃近くまでDNA溶液を加熱します。したがって、「変性→アニーリング→伸長反応」のステップを繰り返し行うためには、熱耐性のあるDNAポリメラーゼを使用する必要があります。そのため、高温で生息する好熱菌(Thermus aquaticus)から分離されたTaqポリメラーゼが用いられます。Taqポリメラーゼは熱耐性があり、高温でも変性しないので、高温の過程が必要なPCRでも使用することができます。

Taqポリメラーゼは、熱耐性DNAポリメラーゼとして初めてPCRに使われたので、最も有名な熱耐性ポリメラーゼです。しかし、Taqポリメラーゼには3’→5’エキソヌクレアーゼ活性がなく、その正確性はあまり良くありません。そのため、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を持つ精度の良いDNAポリメラーゼなど、様々な特性を持ったDNAポリメラーゼが多数開発されており、実験の用途に合わせて使い分けています。

※dNTPs(デオキシヌクレオシド三リン酸)

dATP(デオキシアデノシン三リン酸)、dCTP(デオキシシチジン三リン酸)、dGTP(デオキシグアノシン三リン酸)、dTTP(デオキシチミジン三リン酸)の4種類を指す。

DNAポリメラーゼの活性中心にはMgイオン結合部位があり、Mg2+もPCRに重要な要素です。

試薬メーカーから発売されているほとんどのPCR bufferにMg2+が含まれており、実験時に意識することはないですが、覚えておきましょう!

また、KもDNAポリメラーゼの活性を高める重要な要素で、これもPCR bufferに含まれています。

新型コロナウイルスとPCR

1サイクルでDNA量は2倍に増えるので、30サイクル繰り返すと理論上約109の増幅が可能です。

このPCR技術を用いて、 PCR検査では、「唾液や痰に含まれるウイルス由来のDNA断片を増幅し、検体中にウイルスの遺伝子が含まれていたかどうか」を調べています(図5)。 試料中にウイルスDNAが含まれていなければ、鋳型鎖がないのでPCRでDNA断片は増幅しません。PCR検査は新型コロナウイルスで有名になりましたが、結核などの感染症の検査にも用いられます。

PCR検査では新型コロナウイルスのDNAのみを増幅できるように、研究者がウイルスゲノムに特異的なプライマーを設計します。プライマーの設計は、新型コロナウイルスのゲノム配列を見ながら、他の細菌やヒトのDNAを増幅しないようなプライマーのペアを探していきます。プライマーの設計ができればあとは発注するだけで、プライマーのような短いDNA断片は、安価ですぐに人工合成できます。単純なものであれば、設計した翌日に実験者の手元に届きます。

※図6中の塩基配列は作者がランダムに書いた配列であることに注意。

既に新型コロナウイルスのゲノム配列は解読されていて、インターネットで検索すれば誰でも観覧可能です。つまり、プライマーも自分で設計することが可能というわけです。PCRという技術は、なんだか難しそうと思われていた方がいたかもしれませんが、実はそんなに難しいことではありません。

PCRには色々な変法や種類があります。例えば、変性とアニーリングを同時に行う2ステップPCRや、リアルタイムにDNA断片の増幅量を検出するリアルタイムPCRなどがあります。

今後の記事で解説していきますので、しばしお待ちください!

まとめ

  • PCRは任意のDNA断片を短時間で増幅する手法
  • PCRでは、反応液の温度を上下して「変性→アニーリング→伸長反応」の3ステップを繰り返す
  • 「変性」では、二本鎖DNAを一本鎖にする
  • 「アニーリング」では、鋳型の一本鎖DNAにプライマーを結合させる
  • 「伸長反応」では、DNAポリメラーゼがプライマーで挟まれたDNA領域の伸長を行う
  • PCRには、DNAポリメラーゼ、プライマー、dNTP、PCR buffer(Mg2+、K+などを含む)が必要
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