フローサイトメトリー(FCM)の原理をできるだけ簡単に、わかりやすく解説!

フローサイトメトリー

はじめに

今回はフローサイトメトリー(flow cytometry; FCM)という技術について、できるだけわかりやすく解説します。FCMは細胞のサイズ、細胞内構造の複雑さ、細胞表面及び細胞内分子の発現をシングルセルレベルで解析する技術です。具体的には、事前に蛍光標識抗体で染色した細胞を緩衝液(シース液)の流路に一個ずつ順番に流し、その細胞の蛍光、散乱光を検出します。自分の興味のある抗原に対する蛍光標識抗体を用いて細胞を染色すれば、その遺伝子発現をシングルセルレベルで調べることができます。FCMは分子細胞生物学において広く用いられる手法ですが、血液学や免疫学で特によく使われる実験方法です。

フローサイトメトリーを行う機器をフローサイトメーター(flow cytometer)と言います。詳しくは後述しますが、フローサイトメーターにはソーティング機能を持ったセルソーターと、ソーティング機能を持たないアナライザーがあります。また、フローサイトメーターを表す別の用語としてFACS(Fluorescence Activated Cell Sorter)があります。FACSはベクトン・ディッキンソン社(BD 社)の登録商標で、名前の通りソーティング機能を持ったフローサイトメーターのことを言います。

Thermo Fisher Scientific社のホームページや、フローサイトメーターを販売しているベクトン・ディッキンソン社、ベックマン・コールター社のホームページにはかなり詳細なFCMの解説がありますので、もっと詳しく知りたくなった方はそちらも参照すると良いでしょう。それではFCMの原理のエッセンスについて解説していきます!!

※ダブレット除去については以下の記事で詳しく解説しています。

※コンペンセーション(蛍光補正)については以下の記事で解説しています。

蛍光の原理

蛍光色素は特定の長さの波長の光(=励起光)を吸収すると、電子が基底状態から励起状態になります(図1①)。励起状態の電子は一部のエネルギーを振動エネルギーとして放出し、蛍光を伴わずに少しエネルギーの低い状態に移ります(図1②)。その後、電子は過剰なエネルギーを光エネルギーとして放出しながら安定した基底状態に戻ります(図1③)。これを蛍光と言います。蛍光の放出過程では、吸収したエネルギーの一部は振動エネルギーとしても放出されるので(図1②)、蛍光波長は必ず励起波長よりも長波長になります。

FITC(fluorescein isothiocyanate)という蛍光色素を例に、その励起波長、蛍光波長を見てみましょう。FITCは490nm付近の光(青色の光)を吸収して、520nm付近の蛍光(緑色の光)を発します(図2)。図2のような蛍光強度と波長の関係を描いたものを蛍光スペクトルと言います。蛍光スペクトルからは、ある蛍光色素がどの波長帯の光をどの程度発するかが分かります。また、励起スペクトルからは、ある蛍光色素がどの波長帯の光をどの程度吸収しているのかが分かります。

蛍光色素は種類によって特徴的な励起波長、蛍光波長があります。FCMでよく使用される蛍光色素の励起スペクトル、蛍光スペクトルを図3に示します。FCMでよく使われるレーザー(488nm laser、532nm laser、633nm laser)も同時に描いています。図3から、488nm laserはFITCおよびPEを、532nm laserはPE、PE/Cy7を、633nm laserはAPCを励起できることがわかります。

例えば、 太陽(様々な波長の光を含む光)の下では、緑の葉っぱは緑色の波長の光だけを反射するので緑色に見えます。つまり、入射光と反射光の波長は同じです。

一方で、蛍光は入射光よりも反射光の波長の方が長くなります。このような点で、「反射」と「蛍光」とは違います。

FCMの原理

流路系 

FCMでは細胞を懸濁したサンプル液を緩衝液(シース液)の流路中に流します。この時、サンプル液を流す圧力がシース液の圧力よりもわずかに低くなっているため、細胞は一列に並んで流れていきます(図4)。これを流体学的絞り込みと言います。流体学的絞り込みを利用して細胞を一列に並べるフローサイトメーターの部品をフローセル(Flow Cell)と言います。こうして一列に並んだ細胞が一つ一つレーザー照射部を通りすぎていくため、シングルセルレベルでの解析が可能になります。

光学系

FCMでは、蛍光標識抗体で染色した細胞をシース液の流路に1個ずつ順番に流します。そこに特定の波長のレーザー光を当て、散乱光と蛍光を測定します。まずは散乱光について見ていきましょう。

細胞にレーザーを照射すると、前方散乱光(FSC)側方散乱光(SSC)が検出されます。FSCはレーザーと同じ光軸上に設置された検出器で測定し、SSCはレーザーの光軸対して90度に設置された検出器で測定します。FSCは回折した光を測定するので、細胞の大きさを反映しています。SSCは細胞内構造が複雑なほど散乱が大きくなるので、SSCは細胞内構造の複雑さを反映しています(図5)。

FSCとSSCを測定することにより細胞の大きさと細胞内構造の複雑さで細胞を区別することができます。例えば血液試料を流して縦軸をSSC、横軸をFSCで展開すると図6のようなプロットが得られます。一つのドットが一つ細胞を意味しているのですが、小さくて単純な構造をしたリンパ球は左下に、大きくて複雑な構造をした顆粒球は右上に、リンパ球と顆粒球の中間には単球がプロットされています。リンパ球よりもFSC、SSCが小さい分画はdebris(デブリ)です。debrisとは細胞片やゴミのことで、通常散乱光が低く、FSC/SSCプロットの左下隅に位置しています。debrisの分画は解析に使わないので、解析対象から排除します(=ゲートアウト)。

血液はFSC/SSCプロットで簡単に細胞を区別することができますが、様々な種類の細胞で構成されている組織や亜集団を特定したい場合など、FSC/SSCプロットでは細胞を区別できない時がよくあります。その時は蛍光標識抗体で染色して目的の細胞を絞り込んでいきます(=ゲーティング)。

細胞から発せられた蛍光や散乱光はいくつか種類の光学フィルターを通り、光電子倍増管(PMT; Photo multiplier tube)と呼ばれる検出器で検出します。PMTはFSC、SSC、蛍光の微弱な光を電気信号に変換して、高感度に検出することができます。

例えばFITCとPEで染色した細胞に488nmのレーザーを当てると、488nm付近のSSC、520nm付近の蛍光(緑色の光)と570nm付近の蛍光(黄色の光)を発します(図7)。散乱光・蛍光はまず488DLを通過します。DL(ダイクロイックロングパスフィルター)は指定した波長よりも短い波長を反射し、それよりも長い波長を透過させます。488DLでは488nm以下の波長を反射し、488nm以上の波長を通過させます。488nm以下の波長の光はさらに488BPを通過してPMTで検出されます。BP(バンドパスフィルター)は特定の範囲の波長の光のみを通過させるフィルターです。488BPでは488±20nm程度の波長の光のみ通過させます。520nm付近の蛍光(緑色の光)と570nm付近の蛍光(黄色の光)も同様にフィルターで分離し、PMTで検出します。

通常、異なる波長のレーザーは光軸が異っており、レーザー毎に検出器を持ちます(※図4は紙面の都合上検出器を1セットしか描いていませんが、本来はレーザーごとに検出器セットがあります)。つまり、搭載レーザーの種類が多いほど検出器の種類が多く、多重染色できるので、一度に色々なタンパク質の発現解析ができます。例えば、2種類のレーザーを搭載したフローサイトメーターは、最大7色で染めることがでます。

※通常488nmのレーザーでFSCとSSCを測定します。図7ではFSCの検出系は省略して描いています。

パルス処理系

散乱光や蛍光はPMTにより電流に変換されるので、細胞がレーザーを通過すると電圧パルスが発生します(図8)。電圧パルスは幅(Width)、面積(Area)、高さ(Hight)の3つの要素で構成されています。

Widthは細胞がレーザーを通過する時間に相当します。細胞が2個以上の塊(ダブレット)になっている場合は、Widthが大きくなるため、ダブレット除去に使用されます。

※ダブレット除去については以下の記事で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。

Hightは細胞がレーザーを通過する際に発した一番大きな明るさに相当します。

Areaは電圧パルスの面積を表したもので、細胞がレーザーを通過した際に発した光の総量に相当します。HightとAreaは、光子の量に比例する測定値であるので、蛍光強度を示すために使用されます。

図4や図6のFSC-A、SSC-A、FITC-A、PE-Aの「-A」はAreaの略で、それぞれFSCのPMTで検出された電圧パルスの面積、SSCのPMTで検出された電圧パルスの面積、FITCのPMTで検出された電圧パルスの面積、PEのPMTで検出された電圧パルスの面積を表しているというわけです。

通常、感度の良い「A」を使って表示されます。

ソーティング系

フローセルは細かく振動しており、 フローセルから落下するサンプル/シース液は液滴になって落下していきます(図4)。細胞の散乱光、蛍光のプロファイルからソーティングしたい細胞分画を決定したら、分取したい細胞を含む液的は+またはーの電荷を与えられます。電荷を持った液滴は偏向板(Deflection Plate)により進路が変わり、遠心管などに分取されます。電荷を持たない液滴(=分取しない細胞が含まれた液滴)は廃液に捨てます。

このようにセルソーター機能が付いた機種では、興味のある細胞分画を分取(ソーティング)することができます。セルソーター機能がついていないアナライザー機能を持ったFCMもあります。

フローセルから細胞が落下してから液滴が形成されるまでの時間をドロップディレイ(Drop Delay)いい、安定したソーティングには安定したDrop Delayになっていることが重要です。

まとめ

  • フローサイトメトリー(FCM)は蛍光標識抗体で染色した細胞に一つずつレーザーを当て、細胞から発せられた散乱光・蛍光を調べる技術である。FCMは細胞のサイズ、細胞内構造の複雑さ、細胞表面及び細胞内分子の発現をシングルセルレベルで解析することができる。
  • FSCは細胞の大きさ、SSCは細胞内構造の複雑さに相当する。
  • 複数の光学フィルターを用いて蛍光を分離することで一度に複数の分子の発現状況を調べることができる。また、異なる波長のレーザーを複数使用することにより、より多くの種類の蛍光を検出することができる。
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