はじめに
フローサイトメトリー(FCM)では複数の蛍光色素を用いて、マルチカラー解析を行うことができます。マルチカラー解析では「コンペンセーション(蛍光補正)」というステップが必須で、デブリ(細胞片やゴミ)やダブレット、死細胞除去をした後に行います。
今回はFCMのマルチカラー解析に必須のコンペンセーションの原理・やり方について詳しく解説していきます!
※フローサイトメトリー(FCM)の詳しい原理は以下の記事で解説しています。
※ダブレット除去については以下の記事で詳しく解説しています。
漏れ込みの原理
図1の模式図では、FITC、PE、APCの3色で染色した細胞をフローサイトメーターで解析している様子を描いています。図1では最初に488nmのレーザーが細胞に当たり、FITCとPEが励起されて、それぞれ520nm付近の蛍光(緑色の光)と570nm付近の蛍光(黄色の光)を発しています。続いて633nmのレーザーによりAPCが励起されて、660nm付近の蛍光(赤色の光)を発しています。蛍光色素から生じた蛍光は、適切なフィルターを用いて適切な検出器で検出されます(図1)。
DL(ダイクロイックロングパスフィルター)は指定した波長よりも短い波長の光を反射し、それよりも長い波長の光を通過させます。図1中の550DLは、550nm以下の波長を反射し、550nm以上の波長を通過させます。550nm以下の波長はその後、525BPを通過してFITCの検出器で検出されます。BP(バンドパスフィルター)は特定の範囲の波長の光のみを通過させるフィルターで、525BPでは525±20nm程度の波長の光のみ通過させます。PE、APCの蛍光も同様に、DLとBPで波長を分離して検出します。
ここで、3つの蛍光色素(FITC、PE、APC)の蛍光スペクトラムを確認してみましょう(図2)。前述の通り、FITC、PEは488nmレーザーにより、それぞれ520nm付近の蛍光(緑色の光)と570nm付近の蛍光(黄色の光)を発します。APCは633nmのレーザーにより660nm付近の蛍光(赤色の光)を発します。
次に、図2の蛍光スペクトラムにFITC、PE、APCの検出器で検出可能な波長も合わせて図示してみます(図3)。図3の赤い丸で囲んだ部分をよく見ると、FITC検出器はFITCだけでなく、PEの蛍光も少し検出できてしまうことがわかります。同様に、PE検出器はPEだけでなく、FITCおよびAPCの蛍光も検出します。APC検出器はAPCだけでなく、PEの蛍光も検出します。
このように、目的の検出器に、他の蛍光色素由来の蛍光が混ざってしまう現象を「漏れ込み」と言います。FCMのマルチカラー解析では必ず漏れ込みが発生するので、漏れ込み分のシグナルを引いてやる必要があります。この補正処理のことをコンペンセーション(蛍光補正)と言います。
通常、フローサイトメーターは図1のようにレーザーが並列しており、異なる波長のレーザーを順番に細胞に照射します。このような方式を「異軸」と言います。「異軸」を採用しているフローサイトメーターは、レーザー毎に検出器を持っているため、多くの種類の蛍光色素を使用することができます。例えば、蛍光スペクトルが被っている蛍光色素の場合でも、それぞれ異なる波長のレーザーで励起可能であれば染め分けることができます。
一方で、複数の波長のレーザー光を同時に細胞に当てる、「同軸」を採用しているフローサイトメーターもあります。「同軸」のフローサイトメーターは、「異軸」のものよりも使用できる蛍光色素の種類が少なくなります。
コンペンセーションのやり方
コンペンセーションは単染色のサンプルを用いて、目的の蛍光が他の検出器にどれだけ漏れ込んでいるかを確認します。
まずFITCの漏れ込みを確認してみましょう。FITC単染色のサンプルを、FITC-A vs PE-A、FITC-A vs APC-Aで展開します(図4)。図4左のコンペンセーション前の模式図をみると、FITC単染色サンプルであるにも関わらず、PEの検出器でもシグナルが検出されています。すなわち、FITCの蛍光がPEに漏れ込んでいます。このままでは正しい解析ができないので、コンペンセーションを行って、図4右のようにFITC陽性細胞集団の中心をネガティブコントロールの集団の中心(ピンクの点線)に合わせていきます。一方で、FITCはAPCへの漏れ込みはなく、ここのコンペンセーションの必要ありません。
また、コンペンセーションは図4下に示したコンペンセーションマトリックスを用いて管理していきます。表中の25.5%という数字は、「FITCのシグナルの25.5%分をPE検出器の検出シグナルから引く」という意味です。FITC陽性細胞集団の中心をネガティブコントロールの集団の中心(ピンクの点線)に合わせるということは、コンペンセーションマトリックスの数値を変化させて、適切な補正がかかるようにするということです。右隣の赤字の0.00は「FITCのシグナルの0%分をAPC検出器の検出シグナルから引く(=コンペンセーションをしない)」という意味です。FITCからAPCへの漏れ込みはなさそうなので0.00%と設定しています。
したがって、この値が大きいほど漏れ込みが大きいことを意味しています。
同様にして、次はPE単染色サンプルを、PE-A vs FITC-A、PE-A vs APC-Aで展開します(図5)。図5左のコンペンセーション前の模式図をみると、PE単染色サンプルであるにも関わらず、FITCの検出器でもシグナルが検出されています。すなわち、今度はPEの蛍光がFITCに漏れ込んでいることがわかります。また、PEのAPCへの漏れ込みはなく、ここのコンペンセーションの必要ありません。図5下のようにコンペンセーションマトリックスを設定すると、漏れ込み補正できることがわかります。
最後に、APC単染色サンプルを、APC-A vs FITC-A、APC-A vs PE-Aで展開します(図6)。図6を見ると、APCはFITCおよびPEへの漏れ込みはなく、コンペンセーションの必要ありません。コンペンセーションマトリックスの見方をまとめると、図6の右上の赤丸がFITCが他の検出器(PEとAPC)にどれだけ漏れ込んでいるかを表しています。右下の赤丸は他の蛍光色素(PEとAPC)がFITCの検出器にどれだけ漏れ込んでいるかを表しています。PEおよびAPCに関しても、同様の見方をします。
ここで図3の蛍光スペクトルを見返すと、PEの蛍光はAPCの検出器に、APCの蛍光はPEに被っていることがわかります。ではなぜ、APCの漏れ込みおよびAPCへの漏れ込みは発生していないのでしょうか?それは、フローサイトメーターは通常図1のように、レーザーが並列して設置してあり、異なるレーザー間での漏れ込みは起こりにくいからです。ただ、異なるレーザーでも漏れ込みが発生することはあり、すべての蛍光色素の単染色を用意して漏れ込みを確認するやり方が丁寧でしょう。
ここまででコンペンセーションの作業は終了です。次はいよいよ解析用のサンプルを流して解析していきます。通常、解析用ソフトウェアでもコンペンセーションはできますので、全て流し終えた後にコンペンセーションを行うことも可能です(アフターコンペンセーション)。
使用する蛍光色素が多くなればなるほどサンプル数は増え、コンペンセーションは複雑に、難しくなります。FMO(Fluorescence minus one)という、すべての蛍光色素から1つの蛍光色素を除いたサンプルを用いて、ゲーティングを設定する必要がある場合もあります。
まとめ
- コンペンセーションは使用する全ての蛍光色素の単染色を用意する。そして、目的のパラメータ(例: FITC) vs その他のパラメータ(例: PE、APC)で展開して漏れ込みを確認する。
- コンペンセーションの情報は、コンペンセーションマトリックスを用いて管理する。